兄は良い友人に恵まれた。
午前中だけ休みをもらい兄が眠る霊園へ行ってきた。
そこには兄の友人からと思われる花が手向けられていた。
去年も一昨年もそうだったけれど、兄の友人たちは命日が近づくと誘い合って兄のもとを訪れてくれている。
友人の命日を正確に覚えている人はどれくらいいるのだろうか？
毎年変わらず、違わず、この日になると花を手向けに来てくれる。
それはとてもありがたいことだし、つい忘れてしまいそうになる故人の命日とその存在をずっと覚えていてくれる、ありがたい友人たち。
兄は優しい友人に恵まれた。
それは兄が生きた人生で得た、最高の宝物ではないだろうか。きっとこの先も変わらず、この日が近づくと友達の家に遊びに行くかのような感覚で友人たちは兄のもとを訪れてくれるだろう。そして兄は友人たちの記憶の中で生き続けていく。
あの日から早いもので3年が過ぎた。いまだにあの日のことは自分の中で消化しきれていないこともあるし、後悔してもしきれないほどの悔しさが残っている。自分の中にあの日で止まったままの部分があることも確かだ。たくさんの人に励まされ、優しさに支えてもらい、懸命に兄を探して走り回ったあの日。結果は残念なことになったけれど、兄の決めた道だから尊重しようと思った。でも感情で理解できないところもあった。バカ野郎と思う部分もあった。複雑な想いと感情、それを俯瞰で眺め理論的に考える自分、いろいろな自分が話し合った結果、兄の想いと残された家族のことを考えて前を向いて生きようと決心した。それが兄に対して弟の自分ができる精一杯のことだと思ったから。
泣かないと決めた。
弱音をは泣かないと決めた。
家族を守る強さを持とうと決めた。
後悔しないようにその一瞬に己の全てを賭けようと誓った。
全てのことが完璧にできるわけではないとわかっていても、決めずにダラダラ過ごすのが一番良くないと思った。自分のできる精一杯を生きようと決めた。もう後悔はしたくないから。あんなに悲しい思いは二度としたくないと思ったから。そして自分の家族にもそんな思いをさせたくない。そう思い続けて駆け抜けてきた3年間だった。
昔、ある人に「3年3ヵ月3日」という言葉を教えてもらった。
物事には見つめなおす機会が必要で、何か新しことを始めたり変えたりしたら、その時期ごとに見つめなおすようにしたらいいということだ。自分にはとても響いた言葉だったの機会があるごとにこの言葉を思い出して今までやってきた。
この世で唯一人の血を分けた兄弟を失ってから3年。自分の周りにある世界が大きく変わった3年間。あの日の誓いを無くしていないか？まだまだ足りないところはないか？兄が自分に分けてくれた優しさを失っていないか？仕事は？友人は？夢は？…どれだけのことがどれだけできているだろう？自問自答を繰り返し、未だ答えを見いだせないままの日々。
それでも時間は流れ続け、日々変化していく。
妻は母になり、大切な娘が生まれた。
ただ好きなように遊びまわっていた男は小さな命を守る父になった。
両親は娘から「じいちゃん、ばあちゃん」と言われ嬉しそうにしている。
兄は「おじさん」と呼ばれることなく、姪の顔も見ずにこの世に別れを告げた。
多くの人が、それぞれの立場で、それぞれの人生を、それぞれの想いで生きている。自分だけが兄を不自然な形で失った不幸な人生だとは思わない。誤解を恐れずに書くならば、兄を失って得たものもある。失っていなければ得ていたものもあったかもしれないけれど、どっちが良かったかなんてわからないし、考える気もない。今は今でしかないし、それ以上でもそれ以下でもない。未来がどうなるかなんて誰にもわからない。わかっていれば兄を失うことはなかった。あの時もっと兄のことを気にかけていれば…という後悔はこの先も自分の中から一生消えることはない。だからと言って、その後悔に縛られたまま生きていくのは何かが違うと自分の中の声が言っている。
大きな後悔を経験したからこそ、この先は二度と後悔したくない。
家族のため
娘のため
兄のため
自分のため
すべては希望あふれる未来のために。
あの日から3年が過ぎた。兄は今でも変わらず自分の中に生きている。優しい笑顔とともに…。
